For RENTAL Only
ホワイトデーに、ルルーシュから手作りのお菓子をもらったばかりか、デートの約束までもらったジェレミアの意欲は俄然燃え上がった。
見ず知らずの相手にレンタルされることをあれほど嫌がっていたはずのジェレミアの積極性は、初日とは比べ物にならないくらいに増し、まるで人が変ったかのような仕事ぶりである。
―――ルルーシュ様とデートができる。
それだけのことにジェレミアの頭の中は薔薇色に染まりきっていて、手を握られることにも腕を組まれることにも、嫌な顔を少しも見せずに、相手の要望に意欲的に応えた。
お蔭で、オプション収益は当初の予想を遥かに上回り、ルルーシュの懐に思いもかけない利益が転がり込んだことは言うまでもない。
その成果に目を細め、上機嫌のルルーシュは、報告に現れたジェレミアにねぎらいの言葉をかけている。
ルルーシュの考案した、”ジェレミアレンタル計画”を開始してから、既に数日が経過していた。
「お前は本当に人使いが荒いな・・・」
長椅子の上でだらしなく寝そべって、疲れた表情をしているC.C.は恨めしそうにルルーシュを見つめている。
ジェレミアが手を握られる度に、オプションメニューの料金表を持って飛び出していかなければならないC.C.は、これまで経験したことがないくらいに働かされていた。
愚痴の一つも零したくなるのは当然のことだ。
そもそも、退屈しのぎの軽い気持ちで引き受けたC.C.は、身持ちの堅いジェレミアがこうも易々と他人に手を握らせたりすることなど絶対にないと考えていたのだから、その予想は大きく裏切られたことになる。
C.C.の愚痴を聞きながら、ルルーシュは端末の画面に映し出されている本日までの収支の確認に余念がない。
「人の話を聞いているのか?」
「ああ・・・聞いている。お前もご苦労だったな」
「・・・それだけか?」
「疲れているなら、こんなところで油を売らずにさっさと自分の部屋に戻って休め」
画面から顔を上げることもせずに、淡々とした口調で言い放つルルーシュに顔を顰め、C.C.はおもしろくなさそうだ。
「こんなことを続けていて本当にいいのか?」
「なにがだ?」
「そのうちに、愛想を尽かされるぞ・・・」
「ジェレミアがか?」
ルルーシュは鼻で笑う。
そんなことは絶対に有り得ないと、端末に向けた顔に余裕の表情を浮かべていた。
「お前、今日はモニターを見ていなかったのか?」
「ジェレミアにばかり時間を割いているわけにもいかないだろう・・・こう見えても俺は結構忙しい」
「ふ〜ん・・・。それなら今日の分は見ないほうがいいかもな・・・」
C.C.の意味深な言葉に、ルルーシュはようやく端末から顔を上げた。
「どういうことだ?」と、眉間に皺を寄せて、怪訝な表情を浮かべているルルーシュの鋭い眼光がC.C.に向けられている。
それに臆することなく、C.C.は長椅子に横たえていた体を起こすと、大きく伸びをしてからゆっくりとした動作で椅子から立ち上がった。
「ああ・・・疲れた疲れた」
「おい、C.C.!」
「明日も忙しくなりそうだから、お前に言われたとおり、今日は早々に休ませてもらおう・・・」
「ちょっと待て!どういうことだと訊いているんだ!」
しかしC.C.は、ルルーシュの声を無視して、一度も振り返ることなくあっさりと部屋を出て行ってしまった。
しんと静まり返った室内にひとり残されたルルーシュの顔は、さっきまでとは打って変わって、不機嫌な顔に変っている。
目の前の端末に映し出されている収支の画面を一旦閉じると、今日一日の監視用のカメラの映像を端末に呼び出して、それを倍速で確認し始めたルルーシュの表情はすぐに厳しさを増した。
手元の資料によれば、本日一人目の顧客は元貴族の令嬢だった。
歳はルルーシュよりも下で、その顔にはまだ少女らしさが残っているが、あと二、三年もすればさぞや美人になるだろうと思える整った顔をしている。
画面の映像からは、いかにも良家の箱入り娘らしい、少し世間ズレした穏やかな人柄が窺えた。
それはいいとして、問題は一緒にいるジェレミアの方だ。
笑顔で何かを語りかけている少女の言葉にいちいち頷きながら、穏やかな微笑を向けているジェレミアの顔は、嘗て見たことがないほどに和んでいる。
歳は離れているが、傍から見たら相思相愛の恋人同士のように見えないこともない。
「・・・なんだ、これは・・・?」
それを見たルルーシュの顔が、ヒクヒクと引き攣っている。
それでも画面から目を離さずに二人の様子を窺っていると、ジェレミアの差し出した腕に少女が困惑しながらも腕を絡ませて、恥らうように頬を微かに紅く染めて俯いた。
それを見つめるジェレミアの瞳はとても優しくて、仕事として割り切って、少女と腕を組んでいるようには見えなかった。
しかし、それよりもルルーシュが気になったのは、先程まで確認していた収支報告には、本日一人目の顧客からのオプションに関する収益は一切報告されていないことだった。
C.C.はもちろんのこと、警護に当たっている兵士からも、ジェレミア本人からも、そのことについてはなにも報告を聞いていない。
「一体、どうなっているのだ?」
端末の前のルルーシュは、憮然とした表情を浮かべながら、首を傾げている。
昨日も、その前も、その前々日も、そのまた前々前日も、ルルーシュは毎日その日の映像を確認しているが、こんなことは一度もなかったことだ。
ジェレミアが自分の気に入った顧客に対してのみ、過剰なサービスをしているのだとしたら、それはルルーシュにとって、忌々しき問題である。
怒りに震える拳を握り締めて、椅子から立ち上がったルルーシュはの視線は、それでもまだ画面に映し出されているジェレミアの姿を追っていた。
ぎこちなく腕を組んだ少女が嬉しそうにジェレミアを見上げながら、なにかを話しかけている。
それに答えるジェレミアの笑顔に、ルルーシュは胸の内から湧き上がる激しい怒りを抑えられない。
―――こ・・・こんなことが許されていいのか?
仕事の名目で、愛らしい少女とデートをしながら端の下を伸ばしているジェレミアを見ながら、ルルーシュは怒りに我を忘れかけている。
―――俺はこんなところに閉じ込められて、一生懸命に働かされていると言うのに・・・ジェレミアばかりが良い目を見るのは、ズルイではないか!!
怒りに我を忘れても、人一倍高い自尊心だけは決して忘れないルルーシュは、湧き上がる怒りがジェレミアに対する嫉妬だとは認めたくないらしい。
だから、
「ジェレミアのくせに・・・」
誰もいない部屋でぽつりと呟いて、椅子に座りなおしたルルーシュは、もの凄い勢いで端末のキーを操作し始めた。
ルルーシュの不穏な行動を知らないジェレミアは、疲れた体をベッドに横たえて、転々と寝返りを繰り返していた。
頭も体も疲れきっているはずなのに、寝返りを打っては太い溜息を吐いて、なかなか寝付けないでいる。
神経質のジェレミアが、なにかを思い悩んでなかなか寝付けないでいることは、少しも珍しいことではない。
周りから見れば些細なことにでも、ジェレミアはすぐに考え込んでしまう。
その悩みの元凶の殆どがルルーシュなのだが、いつも以上に深刻な顔をしているジェレミアの今の悩みは他にあった。
ベッドの中で考え込んで、解決の糸口すらつかめないジェレミアは、溜息を吐きながら寝返りを繰り返す。
―――・・・ルルーシュ様に相談してみようか・・・。
思い極めたジェレミアだったが、私事の個人的な悩みをルルーシュに相談することは躊躇われた。
話したところで、ルルーシュがジェレミアの悩みを真剣に聞いてくれるかどうかさえ、怪しいところである。
しかも、金銭が絡んでの話なら尚のことだ。
ベッドの中で蹲って、ジェレミアは頭を抱えた。